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和菓子 - 僕らの歳時記

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和菓子

四季を味わう

日本は自然と四季に恵まれ、その中で私たちは繊細な感性をはぐくんできました。

でも気がつくと、周囲に季節感を感じさせてくれるものが少なくなってきたように思いませんか。私たちは、もっと自然の風物に恵まれ、食べ物や植物などを通じて季節の移り変わりを感じ、四季を味わうことに喜びを見出してきたはずです。季節感を取り戻し、日本人がはぐくんできた感性、そして歴史的記憶をとり戻すもの、それが「和菓子」です。

「和菓子」は、日本人の生活文化の中に生き続ける年中行事、正月(餅、年賀菓子)、節分(福豆、立春大福)、雛祭り(菱餅、桜餅)、端午の節句(柏餅、ちまき)、十五夜(団子)、七五三(千歳飴)などと深く結びつき、季節の訪れをつげます。また、人生の通過儀礼にも「和菓子」は深くかかわっています。

また、昔から日本人は、餅には穀霊が宿ると考えられていたり、ヨモギや小豆には邪気を払う力がある、三角形をした粽(ちまき)は、神に供えた三角おにぎりの御霊と関係があり悪霊を防ぎ生命力を強くする、柏の葉は子孫繁栄の縁起がよいなどと考えており、それらを神に供え神と共に食することで、それらの持つ霊力を自身に取り入れようとしてきました。

ちょっと考えるだけでも、私たち日本人の生活、伝統行事の中に「和菓子」は欠かせないものなのだということがわかります。

和菓子の歴史

「和菓子」の歴史を見ると、菓子のルーツは、天然の果物、木の実であったと考えられています。その後、穀物加工の技術が生まれ、団子や餅が作られました。また、飛鳥時代には、唐の国から遣唐使が「唐菓子」を持ち帰り、粉をこねて油で揚げるといった技術が伝わりました。また、カステイラ、ビスケットなどの「南蛮菓子」、明治には、「西洋菓子」が伝わり、それらの製法は和菓子に大きな影響を与えました。日本人は、新しい技術を受け入れ、吸収し、自分のものとしていく中で、新しい日本独特の「和菓子」を作り出してきたのです。新しいものを受け入れ、吸収して自分のものとするという発想は、自然と共生し、自然のもの一つひとつに神を見出し受け入れる、私たち日本人独特の多神教的発想ともいえます。

そして、「和菓子」は、私たちと同じく、自然と共に生きてきました。「和菓子」には、自然の恵みがいっぱい詰まっています。和菓子の材料は、太陽をいっぱい浴びて育った小豆やいんげんなどの豆類、米や小麦などの穀物、いも類、ごまや寒天、砂糖など、自然の恵みそのものです。「和菓子」には、植物性たんぱく質などほとんどが植物性の栄養素で、コレステロールの大敵といわれる動物性脂肪はほとんど含まれていません。

また、和菓子によく使われる餡(あん)の原料となる小豆など豆類は、栄養の宝庫です。小豆は、栄養成分としては、質のよいたんぱく質を多く含んでおり、ビタミンB群や血中コレステロールを下げるというサポニン、血圧を下げるというカリウム、マグネシウム、鉄など現代人に不足しているといわれる栄養素も多く含んでいます。そして、豆類や寒天など原料の多くは食物繊維を豊富に含んでいるので、和菓子を食べると自然に食物繊維も摂取することができます。

だから、「和菓子」は健康的なお菓子だと言われているのです。

また、「和菓子」は五感で楽しむものだそうです。和菓子は、指先や竹べらを使って形どっていく伝統の妙があり、そこから生じる形を目で見て楽しむ(視覚)、食べて楽しむ(味覚)、舌ざわりで楽しむ(触覚)、原料から生じる香りを楽しむ(嗅覚)、食べる時に生じる音(せんべいを食べたときのバリッといった音)を楽しむ(聴覚)といった具合にです。

日本人の感性が集約

「和菓子」に名づけられた「菓銘」にある由来や季節感を知ることも、和菓子の味わいをいっそう深めます。

たとえば、「水無月」という和菓子があります。これは、陰暦6月1日を「氷室の節句」といって、天然の氷や雪を山麓の山陰に穴を掘って氷室(いわゆる冷蔵庫)をつくって保存し、6月1日に宮中へ氷を運び食べるといった行事がありました。当時、氷は貴族以外は口にできない貴重品だったので、人々は氷の形をかたどった三角形の「水無月」という菓子をつくり氷の代わりに食べたそうです。

上部の小豆は穢れを払う力があるといわれ、邪気払いの意味を表しています。

このように、「和菓子」は、古代から日本人と共に歩み育まれてきました。「和菓子」には、日本人の感性、自然感、歴史や技術が集約されており、「和菓子」を楽しむことは、日本の食文化、生活文化を知ることだといえるでしょう。

ところで、あなたは、「粒あん派」?「こしあん派」?

「和菓子の日」

毎年、6月16日は「和菓子の日」です。

1976年に全国和菓子協会が制定しました。これは、平安時代848(嘉祥元)年6月16日、当時国内に疫病が蔓延したことから仁明天皇が元号を「嘉祥」とあらため菓子類を神前に供え疫病退散を祈ったという「嘉祥菓子」の故事に由来しています。

参考文献等

  • 「和菓子のはなし」小西千鶴 旭屋出版
  • 全国和菓子協会HP
  • 写真:「福井県観光写真素材集」から

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最終更新時間:2007年06月15日 10時38分23秒

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