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七夕(たなばた)- 僕らの歳時記

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七夕(たなばた)

七夕は、7月7日の夜、天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会うという伝説にちなむ年中行事で五節句のひとつです。

中国から伝来し奈良時代に広まった「織姫、彦星の星伝説」に、手芸や芸能の上達を祈願する中国の習俗「乞巧奠(きっこうでん)」が結びついたのが、日本の七夕行事です。

宮廷の貴族間に広がり、それが民間にも広がっていったのは江戸時代に入ってからで、寺子屋の普及に伴って「習字などの手芸の上達を願う」という「乞巧奠」の意味合いから広がったようです。笹竹に短冊を飾り家の軒下などに飾る習俗もこの頃から盛んになりました。

七夕を「たなばた」と呼ばれるようになった由来は様々ありますが、織姫の伝説をもとにした語源説で「棚機つ女(たなばたつめ)」(つめ=の女)からとする説が一般的です。

七夕の日って、なぜか天気が悪い日が多いので、とりあえず写真を用意しました。

「夏の大三角」

  • 三角わかりますか??天の川の中に光る星は、白鳥座のデネブ、中央上に光る星がこと座のベガ(織姫)、右側はわし座のアルタイル(彦星)です。

「織姫と彦星との出会い」

  • いつも七夕って天気が悪いので、勝手に引き会わせました。(写真は、ベガとアルタイルの写真の合成です。)余計なお世話???

西遊記と天の川

それから、それから、お話をもう一つ。

「西遊記の猪八戒は、天の川を管理していたことがあるんだって!」

猪八戒は、玉帝(道教の最高神)から天蓬元帥(てんほうげんすい)の官位を賜り、八万の水軍を率いて天の川を管理していたそうです。それが、どうして、玄奘三蔵の弟子となって天竺へ旅するようになったかというと…。

彼は酒癖が悪かった。酒は身を滅ぼすというか、天界のパーティで酔った勢いで嫦娥という月の女神にちょっかいを出したために、職を首になって下界に落とされてしまった。しかも、運悪いことに人間に生まれ変わるはずが、間違って豚の胎内に入り、豚の妖怪となってしまったんだ!なんてドジなんだ!!

その後、福陵山雲桟洞(ふくりょうざん うんさんどう)の卯二姐(マオアルチェ…妖怪だったみたい)に婿入りするも死別し、やけになって人を喰らうようになった。

ある日、観音菩薩にめぐり遭い慈悲を乞うと、猪悟能(ごのう)という法名を授けられたんだ。その後、烏斯蔵国(うしぞうこく)は高老荘(こうろうそう)の高太公の三番目の娘、翠蘭(すいらん)の入り婿となった。玄奘三蔵と孫悟空が高老荘に立ち寄った際、三蔵の二番目の弟子となり悟空とともに三蔵を守って天竺へ経典を求めて旅をした。。。うーん、すごく深い人生。

こんなことを思いながら、今夜の七夕を楽しんでみてはいかがでしょう。はたして、天の川は見れるのでしょうか。

参考文献等


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最終更新時間:2007年07月09日 15時24分24秒

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