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観月 - 月に祈りを、星に願いを - 僕らの歳時記

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観月

月に祈りを、星に願いを

昔、中国では旧暦の7月を初秋、8月を中秋、9月を晩秋といい、それぞれの月の満月の夜に月見の宴を開いていました。なかでも中秋の8月15日の夜は、一年中で月が最も明るく美しいとされ、特別に「十五夜」と呼んでいました。

日本では平安時代から貴族の間にこの風習が広まり、江戸時代には庶民の間にも定着しました。その頃のお月見は、秋の七草を飾り、お団子や里芋など季節の農作物を供えました。そこから、中秋の名月を「芋名月」ともいうようです。このようにお月見は秋の収穫祭の性格もあるのです。

月といえば「うさぎ」

月と言えば、うさぎを連想します。月面にうさぎの形を見たのは日本人だけでなく、中国やインド、ヨーロッパ等広く伝わっています。

なぜ月の中にうさぎがいるのか、インドのジャカール神話にこうあります。

『昔、狐と猿とうさぎが仲良く暮らしていた。ある日、老人に姿を変えた帝釈天がやってきて、「何か食べ物を下さい」といった。そこでその老人のために、狐は川から新鮮な鯉を、猿は木に登って果実や木の実を採ってきてあげた。ところがうさぎは何もとってくることができない。うさぎは、老人にたき火をしてもらい、「どうか私を食べてください」といって、燃えさかる薪に飛び込み、死んでしまった。老人は帝釈天の姿に戻り、うさぎの亡骸をだき、うさぎの優しさを永遠に後世に伝えるため、うさぎの姿を月に残した。』これを仏教では、捨身布施として伝えています。

日本では、餅をつく兎のイメージがありますが、中国ではもともと杵臼で不老不死の薬をついていました。月の満ち欠けが不老不死、再生の思想と結び付けられたのでしょう。また、生命の源泉である水と結びつき、月には月読命(つくよみのみこと)がいて、月読命が若返りの水をもたらすという信仰が生まれています。

月には、不老不死の霊水・薬があるという話は、日本でも早いうちから定着していて、「竹取物語」のラストシーンにも登場しています。

かぐや姫は、月から天人たちが持ってきた不死の薬を置いて、月の都に帰っていった。帝はたいそう嘆いて、「天にいちばん近い山はどこだろう」といった。駿河の国にある山が天に近いと聞き、次の歌をしたためて薬を勅使にもたせた。

逢うことも 涙にうかぶ 我が身には 死なぬ薬も 何にかはせむ

(あなたに逢うこともできなくて泣いてばかりいる私に、不死の薬がなんの役にたつでしょう)

勅使は帝の命に従い、その山の頂でこの歌を書いた手紙と薬の壺を並べて火をつけて燃やした。その山こそが、不死、つまり富士の山である。「竹取物語」より

月信仰は、太陽信仰よりも早く縄文中期ころからあったようで、月神である月読命は、月の満ち欠けを教える、暦を読むということで、農耕と深く関係しており、また、「月を読む」ことは吉凶を占うこととして、占いの神でもあったようです。

さあ、ゆっくりと月を眺めてみませんか。

そこに貴方は何が見えますか? 何を感じますか?

やっぱり団子ですか?

参考文献等

  • 「月の時間」森光伸 suiko books

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最終更新時間:2007年10月01日 20時59分58秒

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